【寄稿】おしゃれと着やすさの両立をめざして
雙田 珠己さん 元熊本大学 教授
雙田さんは、長年にわたり運動機能に障害のある人の衣服と衣生活の研究と実践をしてきました。本記事では、身体の状態に応じて衣服を修正する「アダプティブクロージング」の考え方や具体的な工夫についてご寄稿いただきました。また、着脱のしやすさとおしゃれの両立をめざす視点から、衣服の相談や修正を支える仕組みの必要性についても述べられています。
人は衣服を着ることによって、寒さや暑さから身を守り、自分の周囲に快適な環境を作りだすことができます。そして、その衣服のもつ表現力によって、自分らしく装いを楽しみながら暮らします。この2つの視点は、どちらも衣服を考える上で欠かせないものです。そしてそれは、着る人の年齢や性別、障害の有無に関係なく、すべての人に共通の欲求です。
着替えるということ
私たちは、1日に何回か着替えをします。朝起きて仕事に出かけるために着替えをし、帰宅してくつろげる衣服に着替えます。ジムに行く時はスポーツウェアに、パーティへは華やかに装って出かけます。
ほとんどの人は、よほど複雑なデザインでない限り、衣服の形を見ただけでどこに頭を通すか、どこに腕を通すかを判断し、ズボンやセーターならば十数秒で着替えができます。それだけに、衣服を着脱することがいかに複雑な動作か、日頃の生活の中で考えることはほとんどありません。筋肉痛で腕が上がらなくなった時、歳をとった時の自分を想像して不安に思う程度です。
しかし、運動機能が低下した人や知的障害がある人、目の不自由な人にとって、左右や表裏の位置を考えながら、全身の大きな動きと手指の細やかな動きの両方を要求される衣服の着脱は難しい動作です。
身体の状態に衣服を合わせる
Adaptive Clothing (アダプティブ クロージング)という言葉をご存じでしょうか? 直訳すれば「身体の状態に適応した服」となります。私は「身体に合わせて修正した服(修正衣服)」と呼んでいます。よく聞く「衣服のお直し」と似ていますが、ほつれなどの修理や丈詰めを主とするお直しとは少し異なります。
衣服の修正は、安全に、スムーズに、身体に負担なく着脱できることを目的に行います。そのためには、衣服の構造をよく知る縫製士だけではなく、着る人の身体の動きをよく知るリハビリ医療の専門家や、日常生活を知る家族・介助者が意見を出し合って修正方法を決定する必要があります。そして何より大切なのは、着る人の気持ちを大切にしておしゃれで楽しいと感じるデザインにすることです。
昔からよく行われている修正として、腕にマヒがあるため肘を曲げたままで着替えをする人のために、袖から下にゆとりを入れる方法があります(写真1)。気休め程度の改善と思われがちですが、その人の腕の機能に合わせて必要十分な長さの布を補充すれば、着脱にかかる時間は短くなり、身体にかかる負担も少なくなることが実験的に確認できました。着替えは1日何度も行われますから、日常生活単位で見れば、着脱にかかる負担と時間をかなり軽減することができます。
リハビリを頑張って一人で着替えができるようになることは素晴らしいことですが、衣服側も着る人に歩み寄るように進化すれば、生活に余裕が生まれる人は多いはずです。

誰でも当たり前に衣生活を楽しめる環境を
とはいえ現実は、衣服の修正を個々の家庭で行うことが難しく、障害に合わせて修正する技術を備えた店も少ない状態です。また、せっかく技術のある業者さんを見つけても「こちらの要望をうまく伝える自信がない」「思ったより料金が高くてあきらめた」という声もよく聞かれます。そしてそれ以上に問題なのは、「どう直したらよいか、どこに頼めばよいかわからない」人がとてもたくさんいることです。
もし、困っている人と衣服を修正する業者さんを結びつける場所があれば、この問題はかなり解決できるのではないでしょうか。
たとえば、病院の中に栄養相談室があるように、衣服のさまざまな不具合を相談できる窓口が身近な所にあればよいと思います。依頼者は相談員と具体的な修正方法を決め、対応できる業者さんにつないでもらうというシステムです。デイサービスや訪問介護サービスの施設の中にも衣服の相談窓口があれば、利用者と介護者の両方に便宜が図れると思います。
また、市役所や市民センターなどの公共施設で定期的に衣服の相談窓口を開けば、家族の介護をしている人が利用しやすくなると思います。効果のあった修正方法を情報発信すれば、業者さんの技術向上にも役立ちますし、衣服の修正に取り組む人が増えるかもしれません。
おしゃれと着やすさは両立できます。障害があっても、高齢になっても、自分らしく装う気持ちをあきらめることはありません。誰もが好きな時に好みの既製服を購入し、手入れをしながら大切に着ることは、すべての人にとって当たり前の衣生活です。既製服が身体に合わない時はお店でサイズを合わせるサービスを頼むように、着脱がしにくい服は自分の身体に合わせて着やすく直して着ればよいのです。誰もが当たり前の衣生活を楽しめる環境を作ることが大切だと思います。
雙田 珠己 雙田 珠己 (Tamami Soda) - マイポータル - researchmap
元熊本大学教育学部教授 博士(教育学)。専門は被服構成学。研究テーマは運動機能に障害がある人の衣服と衣生活。


